第六話
「あ・・・いやん!・・・ふふふ」
脱衣所に戻るなり、タオルで股間を隠しただけの自分の姿が鏡に映り、私はまた笑ってしまった。
(変な人みたい)
振り返ってニヤニヤ笑う自分の顔と丸裸の後ろ姿を見て、自分でもおかしくなってしまった。
脚を交差させると、さっきとは違う鮮明な自分の裸体がそれに併せて動く。左右に揺れる丸いお尻もはっきり見える。
その様子を見ながら、私はなぜか子供の時のプールの時にした変なイタズラを思い出した・・・。
小学生のときのことだ。隣の席の男の子と私はとても仲がよかった。
いわゆる「両思い」だったのだろう・・・もちろん気持ちを確かめたわけではないけれど。
だってそのころの子供たちは、おたがいに変にからかったりするのがせめてもの愛情表現だったのだ。
だから私たちも消しゴムを取り合ったり、お互いのノートに落書きしたりしてじゃれ合うのが日課だった。
プールの着替えの時も当時は男女で分かれるなんてこともなかったので、私たちは普通に席の横でバスタオルを巻いて水着に着替えていた。
ひょっとするとその男の子が私の事をチラチラ見ていたのに気が付いたのかもしれない。私のことだから、たぶん「見ないでよエッチ」ぐらいのことをいったのだと思う。
覚えているのは彼がムキになって言った「見ねえよばーか!」という言葉だけだ。
それを聞いた私は彼をからかわずにはいられなかったのだろう、裸にタオルを巻いた状態で彼の視線がこちらに向くのを待って、わざとタオルを巻き直して見せたのだ。
バサッと一瞬だけ、彼にだけ見えるようにタオルを開いて見せると、彼は一瞬硬直した後真っ赤になってぷいと向こうをむいた。
その様子を見て、言おうと思っていた「やっぱり見るじゃない」という言葉をなぜか言う事が出来ないまま、私は何もなかったように水着に着替えた。
・・・私たちの関係はそれからも変化はなく、ときどき先生に注意されながら不器用な愛情表現を続けていた。
ただ、プールの着替えの時間だけは、私たちの間に暗黙の、秘密の約束のようなものが出来ていた。
彼は私がタオルの下で裸になるのを横目で待ち続け、私はその彼の視線を確かめながら、意味もなくタオルを巻き直して、彼の反応を見る。
プールの授業がある日だけ、みんなに気づかれないよう、ほんの一瞬だけれども、私たちは二人ともその一瞬を楽しみに待っていたような気がする。
最後のプールは夏休みの最中だっただろうか、もともと人が少なかった時だったと思う。
その日の私はわざと・・・そう、わざといつまでも着替えずにだらだらとしていたのだった。
彼はそんな私を不思議そうに見ていたけれど、プールの時間だけはなぜか私たちにいつものからかいはなく、このときもお互いだまって様子をうかがうだけだった。
そのうちに集合時間が迫り、教室からどんどん人がいなくなっていく。
友達が「ミド!先に行くよぉ」と言って次々に廊下へ飛び出し、最後に日直が「遅れないで来てください」と言い残してプールへと向かっていった。
教室には私たち二人だけが残された。
私はようやく着替え始めた。彼ものそのそと腰にタオルを巻き始めた。
多分彼にも、私がわざと二人だけになる時間を待っていたことが分かっていたのだと思う。
口には出さなかったけれど、私たちにはお互いの気持ちが分かっていたし、このプールの着替えの時間が二人にとって特別な時間である事も分かっていたのだ。
私はいつもと同じように、大きなバスタオルを身体に巻いて服を脱いだ。
彼も、私が脱いだ服をタオルの下から出してイスに置いていくのを、いつも通りチラリチラリと横目で見ていた。
全裸の上にタオルを巻いただけのお約束の時間が来て、彼は決まりに従って、私がタオルを直す一瞬を見逃さないようにこちらに注意を向けていた。
その視線を意識しながら、私はいつもよりもすこしはっきりとした動きで彼の方へ向き直り、タオルの結び目に手を伸ばしてそれをほどいた。
(準備いい・・・?)
心の中で彼と私自身にそう言うと、私はそのままバスタオルを床に落としたのだ。
バスタオルを落とすときの指先の震えと、心臓の高鳴り、それから彼のノドがゴクリと鳴ったのを今でも思い出せる。
日が差し込む教室の中で、私は一糸まとわぬ裸で彼の方を向いて立っていた。
隣の席の彼は私の行動にたじろいだようだったが、次第に落ち着いて私の裸体を観察し始めた。
彼の視線が私の乳首や、お臍や、股間を移動していくのを、私は不思議な高揚感とともに眺めていた。
間違えて落としてしまった、と装うつもりだったのはもう忘れて、足下に落ちたバスタオルをそのままに、机の上にたたんでおいたスクール水着へと手を伸ばす。
水着を取るために裸の私が一歩近づくと、彼はビクリと右手を動かしかけたが、やがて行き場のないそれをゆっくりと下へおろした。
向かい合った私たちの距離は1メートルもない。彼が興奮気味に漏らした吐息が、肌をくすぐるのが心地よかった。
数秒はそのままだっただろう。彼が私の裸の全てを目に焼き付けてくれるのを待ってから、私はゆっくりと水着を着た。
私たちはずっと無言だった。でも最後に、どちらが先だったか忘れたがニコリと笑い合った。たぶんそれだけでよかったのだと思う。
彼はそのあとすぐに転校してしまい、あんなに好きだったのにいまでは顔もよく思い出せない。
でもそのとき、私の全てを受け止めるように見つめてくれた視線だけはいまでもはっきりと覚えている・・・。
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