第二話


 「最近は参加する子供も減ったしね。子供と自分が溺れないように気をつける以外には、とくにやることないから気楽に行ってきて」
 万事適当な教頭先生が言っていたとおり、午後の仕事は楽なものだった。
 私たちの学校の子供たちは4年生から6年生まで全部合わせても21人、そこに学校同士の交流ということで地元の分校の子供たち7人が合流して総勢28人。
 1クラスぶんほどの人数に、私と曽根先生、分校の根岸先生、それから同行してくださる看護婦さんの4人がついているし、準備体操とかの指示も全部体育主任の曽根先生がやってくれた。
 初対面の子供同士も、大人が心配するよりはずっとスムーズにうち解けているようだ。
 「漁師さんの子供が多いせいか、みんな屈託なくてね、かわいいもんですよ」
 定年間近という感じの根岸先生が言うとおり、数が少ない地元の子のほうがむしろ積極的に見える。
 
 「みどりせんせぇ!うーみいこ!」
 真っ黒に日焼けした男の子がパラソルに隠れていた私を誘いに来た。
 「え・・・?」
 確かこの子は地元の子だよな、と思って私は一瞬たじろいだ。
 「こらっアツシ、『海に行きませんか?』だろ?」
 根岸先生に怒られた子供ははーいといって、海に行きませんかと直立不動で言い直した。その様子があまりにも滑稽で私は思わず笑ってしまう。
 (子供たちにはどっちの学校かなんて関係ないのね)
 「アツシ君、何年生?」
 立ち上がりながら私が聞くとアツシ君はちょっと背伸びをしながら4年生と答えた。
 「真っ黒でかっこいいねぇ」
 「毎日ここで泳いでるからな・・・先生は真っ白やな?」
 「あはは・・・先生ぐらいの歳になると陽に焼けるのが怖いのよ」
 言った後で、私より二回りは年上の看護婦さんに悪いかなと思った。
 「そうよ、でも私ぐらいの歳になると怖くなくなるの」
 案の定、彼女はそんな事をいって作り笑顔をうかべてみせる。どうやら海に逃げた方がいいかもしれない。
 「じゃあ、ちょっとまってね」
 私は何となくパラソルの陰に行き、ジャージのズボンを脱いで水着になった。

 「・・・・・・」
 脱ぎながらチラリと波打ち際の曽根先生の方を見ると、彼はちょっとあわてたように顔を子供たちのほうにもどした。
 (やっぱり、なんか見てる気がするなあ・・・)
 こういうのは初めてじゃない、曽根先生に限らず、男の先生方の中には何となく不快な視線を向けてくる人がかなりいるのだ。
 もっとも、若い女性が少ない職場で多少は仕方ないのかもしれないし、あるいは自分の方が意識過剰なのかもという気もする。
 仮にも教師と呼ばれる人たちにはそういうものとは無縁でいて欲しいという願望もあって、自分なりに納得しているつもりなのだが、それでも時折こうして警戒感を持ってしまうのだ。
 「Tシャツは脱がんの?」
 「あ・・・うん」
 学校のプールの時間でもTシャツは着たまま入ることにしていた。
 実は最初は持っていたビキニで普通に水に入っていたのだが、ある時プールサイドでシャワーを浴びていて、粘り着くような視線を感じて振り向くと、曽根先生がこちらをじっと見ていたということがあった。
 曽根先生への苦手意識はそれ以来だ。それからは水着も変えたし、上にTシャツを着ることにした。
 気のせいかもしれないけど、お互いよけいな疑いを持ったり持たれたりする事は避けるべきだと思う。

 まあ、子供たちに水着を引っ張られる事もあったし、ビキニで小学校のプールというのも、もともと無理があった気もする。
 それに、天使のような子供たちだって、時には悪魔になるときもある。
 一度など休み時間に男の子二人がかりでスカートを思いっきりまくり上げられた。
 「あー!みどり先生、スケスケピンクパンツ!」
 よりによってその日は前日に友達の知子と一緒に買った「誰に見せるわけでもないけどおしゃれ下着」で、ほんとに誰に見せるわけでもないのに、と自分でため息をつくほどに前後にレースをたっぷり使ったものだった。
 スカートをめくった男の子たちは「スケスケ!」「ピンク!」と大騒ぎしながら走り回り、教室が一時騒然となった。
 さらに悪い事に、子供はすぐにマネをする。私が叱るべきかどうか迷っていると、今度は後ろからスカートがめくられ、お尻が丸出しになった。
 「ほんとだー!おしりすけすけー!」
 あわてて後ろを押さえると、今度は前がめくりあげられる。こうなるともう手に負えない、男の子も女の子も、みんな手を伸ばして私のスカートをめくろうとしてくる。
 「ちょっ!やめて!やめなさい!」
 必死でスカートを押さえていると、廊下を歩く教頭先生の声が聞こえてきた。
 「・・・やめなさいっ!!!」
 そこで、テストの採点をしていた担任の山崎先生がようやく大きな声で叱りつけた。
 一瞬で静寂が戻ると、子供たちは私から離れていった。
 「はぁ・・・」
 スカートの裾を直してあわてて振り向くと、教頭先生と曽根先生がドアの窓からこちらをのぞき込み、なにやら二人でこそこそと話しながらそのまま廊下を歩いていった。
 完璧にめくられたのは最初の二回だけだったはず、二人には見られてないはず・・・そんなことを考えている私に、山崎先生がそっと近づいてきて「若い子はおしゃれでいいわね、誰に見せるのかしら?」と小声で言って笑った。
 私は何も言い返せず、ありがとうございましたとだけ言って逃げるように廊下に出たが、その日は一日中「みどり先生スケスケピンクパンツ!」と言っては逃げていく子供に悩まされなければいけなかった。
 以来、スカートもやめた。それを思えばプールでビキニをはずされる前にやめたのは賢明だったのかもしれない。

 今にして考えれば女性の先生方の中には「何考えているのかしら」と、山崎先生のような冷たい視線を私のビキニに向けていた人もいたのかもしれない。
 (はあ・・・結局、味方は子供たちだけね・・・)
 腕をアツシ君に引っ張られるようにして波打ち際に来た私を、その子供たちが大歓声で迎えてくれる。
 アツシ君は「俺の手柄だぞ」と言わんばかりにニヤリと笑って誇らしげだった。


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