27・XC'mas2008 子羊たちのクリスマスソング1


「たくや、ごめん。クリスマスは別の予定が入っちゃった……」
 そう明日香に告げられたのは、宮野森学園二学期の最終日、終業式が終わった後の教室でのことだった。
 明日香と言えば宮野森学園でも才色兼備の美少女としてアイドル級の人気を誇り、恋人のあたしは年末が近づくにつれ、寂しくクリスマスを過ごさなければならない一人身の男子たちの怨念に満ちた視線を注がれていた。もっとも、現在頭の先から爪先まで完璧に美少女と化してしまって明日香並の人気を得てしまっているあたし、相原たくやへの元の性別を忘れて劣情を催している気の狂った男子たちの視線も混じっていたりするのだけど……
 それはともかく。
「なんでよ!? クリスマスはあたしと過ごすって前から約束してたじゃない!」
「し、仕方ないのよ。浮気されたって友達が恋人と別れちゃって……その慰めパーティーに強制参加させられるんだもん……」
「だからって!」
「………たくやと別れてもいいんだったらパーティーには出ないけど? 私ひとりだけ幸せにしてなるもんかー…って、そりゃもうスゴい剣幕だったんだから」
「うっ……」
 女になって色々と解った事はあるけれど……ヒステリーおこした女の子には逆らわない方がいい。下手に反論したら何されるか分からないからだ。
 確かにまあ、自分が失恋してるのに友人の明日香があたしとクリスマスをイチャイチャ過ごすのは我慢ならないだろう。理不尽な恨みとは思うけれど、女子の恨みは男子などの比ではない。下駄箱に画鋲、ノートに剃刀、ただでさえ危険なご時世に新聞の一面を飾るような悲惨な目に遭わされる可能性もあるのだ。
 けれどあたしとしては、体や性格まで女の子になってしまっているものの、明日香と過ごすクリスマスと言う一大イベントは何かと期待もしていた。……そう、期待していたのだ!


『このケーキ、私が焼いたんだよ。ほら、あ〜んして?』
『たくや……プレゼントありがとう。大事にするからね…♪』
『今夜は二人っきりだから……私も…たくやにプレゼントがあるの……』


 ―――なーんていう素敵なクリスマスは木っ端微塵なわけで。ううう…プレゼントのためにアルバイトもがんばったのにぃ〜!
「そういう訳だから、たくやも今は女の子だけど参加するのは私ひとりだけなの。ごめんね、この埋め合わせはきっとするから」
 明日香だって悪いと思っているのは辛そうな表情で手を合わせている事からも読み取れる。だからあたしもそれ以上言葉も声も荒げることが出来なくなってしまった。
「うん……まあ、仕方ないよね……とほほ…明日香とのクリスマスが……」
「でもほら、たくやも友達から誘われてたじゃない。今からでも仲間に入れてもらえば?」
「それだけは勘弁して欲しいなァ……だって、あいつらの目的って―――」
 そう言い掛けた時だ……いきなり背後から両肩を掴まれてしまう。
「はい、一名様ゲット〜♪」
「おっしゃあ! これで男だけのクリスマスとはおさらばだァ!」
「早い者勝ちだぞ、他のやつは散れ散れェ!」
 ―――なんかあたし、いきなり捕獲されてしまいましたけど!?
「たくや……その、頑張ってね、色々と……」
「応援してくれるのはいいけど……どうして表情引き攣らせて一歩二歩と後退さるのよ!?」
 背後から「逃がしはしないぜ?」と言わんばかりに次々と手が伸びてきてあたしの手や制服を掴む。……さっき女になって分かった事があると言ったけれど、それに追加。彼女のいない男子たちの怨念も、十分すぎるほど怖いものでした……
「ヤダヤダヤダァ〜! こんな連中とクリスマスを過ごしたらあたしの貞操めちゃくちゃ危機だ――――――!!!」






 ―――でもってクリスマス当日。
「ううう……あたしはイヤだって言ったのに、言ったのにィ〜……」
 結局あたしは最初に声をかけてきた(?)友人三人の強引過ぎるお誘いアタックを拒みきることが出来なかった。
 どうやって住所を調べたのか、昼前に家にまで迎えに来た三人から逃れられず、クリスマスムード最高潮の街に引っ張り出されて、ブティックでニットのワンピースとシャツのセットをプレゼントされて着替えさせられ、普段上に女の子っぽい服装に恥じらいを覚えつつファミレスで食事をして、まだ夕方にもなっていない内からカラオケBOXに入っていた。
 今日の集まりの名目は「彼女のいない男だらけのカラオケパーティー」だ。けれど、美少女になっちゃってるあたしが加わることになって三人のテンションは少々異常に上昇してしまっている。さっきから熱唱しているのはどれも定番のクリスマスソングばかりで、
「なんかもう……下心みえみえなのが逆に清々しいわよ、あんたたちは」
 ここまで来ると溜め息ぐらいしか出せない。服も買ってもらったし、食事代もカラオケ代も奢りとあっては帰るわけにもいかずに最初は義理で付き合っていたけれど、もともと気心が知れたクラスメートなだけに、あたしは苦笑を浮かべて帰るのを諦めるしかなかった。
「それにしたって、何であたしなんか誘うのよ? こう言っちゃ何だけど、三人とも顔はそこそこじゃない。クリスマスに向けて彼女作りとかはしてこなかったわけ?」
 長袖のシャツに袖なしのぴったりとしたワンピースと言う可愛らしくも身体のラインが少々出すぎていて気恥ずかしかった服装も、今ではそんなに気にもしない。チラチラと視線を送られているのも奢られたお返しだと思うことにして、あれこれとテーブルの上に並べられた料理を摘んで頬張りながら、左右に座る二人へ素朴な疑問を投げかけてみる。
「ううう……俺たちだって頑張ったさ。けどさ、内の学園の女子って結構レベル高いだろ? だから他所の連中までもがアプローチかけてるらしくて意外にカップル率が高いんだよ……」
「先約もかなりあったしな……それに何度かよその女子とも合コンとか企画したんだけどさ、結局全滅で……」
 それはよほどショックな思い出だったのだろう。マイクを握ってたヤツまでがっくりと落ち込み、三人そろって重苦しい息を吐き出していた。
「う〜む……まあ、あたしが本当に女であんたらと合コンしてたとしても、多分付き合ったりはしなかっただろうな」
『なんでよ!?』
「わかってないの? あんたたちのアプローチって積極的過ぎるのよ。女なら誰でもいいって言う根性が丸見えで、自分から童貞ですって言ってるようなもんじゃない。そんなヤツと誰が大切なクリスマスを付き合おうと思う? 女の子を舐めすぎてない?」
『そんなこと言ったってさ〜!』
 女に飢えた三人の前で、チョコポッチーを指揮棒のように振りながら言葉を紡ぐ。
「でもまあ、服のセンスはそんなに悪くないと思うのよね。着飾ってないように見える程度にカジュアルで、うん、身だしなみはきっちりしてるし好感持てると思うわ。それに引退したけど三人とも運動部でしょ? 三番サードにフォワードにキャプテン。大会でもいい所まで行ったって言うのはアピールポイントじゃない。その点をさりげなく話題に盛り込んで自己主張して、女の子をきちんと褒めて喜ばせてあげれば脈も多少はあるんじゃない?」
 男のままであったらなら見えなかったことも、女の身体になって傍目から見てみると、案外あれこれと気がつくものだ。多少出任せっぽくはあったけれど、あたしの指摘を聞いて「そうか…オレ、ちょっと自分に自信持っていいんだ」とか言いながら目から鱗が落ちたように表情をしている三人を見ていると、思わず顔がほころんでしまう。
「言っとくけど、あくまでアピールはさりげなくよ? 女の子から言わせて貰えば無神経無頓着のほうが気に障るんだから、気遣いしなかったり、仲間を貶めるような発言もNGね」
「そ、そうだよな。俺たち、チームワークは抜群じゃないか!」
「おお! 一人だけ抜け駆けしようなんて二度と思わないぜ!」
「いきなり肩に手は回さない、メアドのメモも押し付けない!」
 それを聞いて、
「………あんたら、やっぱダメかもしんない」
『え〜〜〜、なんでだよ〜〜〜!?』
 なんて言うか……指摘以前に性格的なところから矯正しないと、この三人じゃ合コン成功なんてあり得ない様な気がしてきた。オーバーリアクションの息が三人ぴったしと言うのも芸としては面白いけど、あたしの言葉に納得したのなら「そうなんだ。じゃあさ――」と話題を上手く転がしてもらいたい。例えばあたしの好みのタイプを聞き出す……とか。
 三人とも悪いやつじゃないし、いずれは気の合う彼女も出来るかもしれない。………けど、
「てかさぁ……合コンがどうとか言うんだったら、あたしが既に頭を痛くしてるって時点でダメでしょが。無理やりここまで連れてきたのに不快な気分にさせてるあんたたちが、何処をどうやったら女の子に気に入られるのか、あたしの方が訊きたいわよ」
『あ………』
「言われるまで気付かなかったのも減点ポイントね。奢ってもらってる分際でなんだけど、そう言う気遣いって必要だと思わない?」
 あたしの言葉にハッと我に帰った三人は顔を見合わせる。多分、合コンの失敗も早く彼女を作ろうとする焦りが原因だったのだろう。
 それならそれで、せっかくここに半分女の子のあたしが来てるんだから、予行演習ぐらいのつもりで挑んで欲しいところだ。これじゃまるで、
 ―――あたしを口説き落とそうとか考えてたわけじゃないでしょうね、こいつら。
 予想していなかったといえばウソになる。学園生活最後の年のクリスマスに彼女がいなくて焦る男子の気持ちもわかるだけに、勝負下着ほど気合を入れたものじゃないけど、脱がされ見られて恥ずかしくないような下着を選んできたつもりだ。
 しかも誘われたのはカラオケBOXと言う個室。歌うのは嫌いじゃないから最終的にOKしたと言うのもあるけど、下心丸出しの男子三人に囲まれると改めて貞操の危機感を覚えてしまう。
「ドリンク頼むけど何か飲みたいのある?」
「次はたくやちゃんの歌を聞かせてくれよ。前、結構歌えるって自慢してたろ?」
「ここの料理なかなかイけるぜ。取り分けてあげよっか?」
 ―――でも、チヤホヤされるのは悪い気分じゃないしね。もう少しだけ付き合ってあげようかな?
 まだ日も沈んでいないような時間から嫌な気分を抱えていても仕方がない。息を一つついて表情と肩から力を抜くと、
「よ〜し、そんじゃリクエストにお答えして今日はとことん歌うわよ!」
 分厚い選曲リストを開き、さっきからイヤになるほど感じていたクリスマスムードを吹き飛ばせそうな曲を選び始めた。
「悪い、結構俺らで先に歌の入力しちゃってるからさ、これでも飲んで待っててよ」
「ありがと♪ そう言うところは高得点よ?」
 歌を選び終えて機械に入力すると、その前にはあたしに格好いいところを見せようと張り切って三人が入れた曲がずらり。だったらいい所を見せてもらおうじゃないのと、ウインクして見せて発奮させると、手渡されたドリンクに口をつける。
 ―――……あれ? この味、まさか……
 舌の上に広がる味と、フルーツの香りに紛れた刺激的な香り……偶然気付けたけれど、手渡されたドリンクは紛れもなくアルコールだ。
 ―――そう言えばさっき、ドリンクを頼んでたっけ。あの時に……
 ドリンクに口をつけたまま三人にチラリと視線を向けると、みんな一様に表情を強張らせてあたしの方を見つめていた。そんな表情をしていれば、うまく流れを作ってお酒を飲ませたって全部台無しになると言うのに……
 ―――まったく……あたしを酔わせてどうするつもりよ。そのうち男に戻るんだから恋人になんてなれっこないのに。
 女の子をお酒で酔わせようなんて単純な作戦だ。けれど、ウソをつこうとしてもつけない好ましい三人には笑みをこぼしてしまいそうだ。クリスマスだからって、あたしに決して安くないワンピースなんかプレゼントして、お酒まで飲ませて……本当にどうしようもない連中だ。
 ―――そう言う気持ちを好きな人に向けてあげればいいのにね……しょうがないな。
 薄暗い個室の中に企みがばれたのではないかと不信感が広がり始めたころ、あたしは心の中で諦めに似ているけれど別の感情がこもったため息をつき、少し悩んだ末にドリンクを口に含んでノドを潤した。
「わぁ……このドリンク、結構おいしいのね」
「そ、そうだろそうだろ!? そのドリンク、この店の特別製でさ!」
「気に入ったんなら、ま、また注文しようか? 何杯だって構わないぜ?」
 少々ワザとらしいかなと思ったけど、あたしが笑顔で顔を上げると、三人もまた安堵の表情を浮かべる。
 ―――ま、今日はクリスマスなんだしね。思い出作りにぐらいは協力してあげますか。
 飲んでしまったアルコールは、軽い口当たりの割に結構強い。……だけど今日は出血大サービスということで、このまま気付かない振りをしてあげることにする。


 ―――その代わり……ちゃんと満足させてくれなきゃ、あたしからのプレゼントはあげないんだからね?


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