18すぃーと?びたー?なバレンタイン(2R)−後編
―――休み時間。
「ハァ〜イ、メリーバレンタインですネ♪ ケイトのチョコを受け取ってくださいですネ、たくやチャン♪」
「こ、これはかなりおおきい…ね……」
「モチロンですネ。ケイトの国ではチョコが大きいほどアイジョウもオッきいんですネ。だからたくやチャンへのチョコが一番ビッグなんですネ♪」
「へ…へぇ〜……う、うれしいなぁ……あはは……」
クラスに何人もいる学ラン姿の男子の突き刺すような視線に冷や汗をかきつつ、あたしはクラスのど真ん中でケイトからのチョコを受け取った。
「ホワイトデーにはたくやチャンのホワイトをいっぱいもらえるとケイトはうれしいですネ……♪」
「う……ぜ、善処いたします……」
ますます男子からの嫉妬オーラが強くなる中で、明日香の視線はますますキツく鋭くなっていった……
―――昼休み。
「ごめんね相原くん、呼び出したりして」
「美由紀さん気にしないで。あたしも教室には居づらいから屋上にでも行こうと思ってたし。――それより何かあったの、またあたしに助っ人しろって?」
「うん…卒業記念に最後の舞台をしようかと思ってるんだけど……今日はこれを受け取って欲しくて……」
「あ……これって入手が超困難で噂の高級店の……!?」
「相原くんにはずっとお礼をしたかったの。演劇部を潰さなくて済んだのも相原くんが手伝ってくれたおかげだし……でも、ごめんね。手作りじゃなくて。昨日は練習の時間を削れなくて……」
「そんなこと無い。嬉しいよ。ありがと、美由紀さん」
「……よかった、喜んでもらえて…♪」
うんうん、あたしも美由紀さんのこんなテレテレした顔を見れてうれしいし。……背後のどす黒い嫉妬と怨嗟のオーラは気にしない。振り返らない、徹底無視だ。
「それで、あの、さっきも言った卒業記念の最後の舞台……チョコの代わりって思われるかもしれないんだけど、相原くんにも手伝って欲しくて……」
「うん、いいよ。科学部の方は引継ぎなんて関係なく千里が頑張ってるし。あ、でも、勉強もあるから時間はそんなに取れないかもしれないけどね」
「そう……でも、二人きりの時間は少しだけ増えるよね……」
あうう……普段の美由紀さんからは想像できない台詞。これって告白…だよねぇ……だけどお願い、今は後ろの連中を刺激するような事は言わないでぇ〜……
―――放課後。
「せんぱ〜い。僕のチョコを受け取ってくださ〜い♪」
「ぶっ! あ、あんたは女弘二!? なんで女になってんのよ!?」
「どうしても先輩にチョコレートを渡したくって、千里に頼んで女にしてもらったんです……先輩、卒業されたら学園でお会いする事はできないけど、心配しないで。絶対同じ大学を受験して、すぐにおそばに行きますから……」
「気持ちの悪いこと言うなァ!――あ、いや、今はそれほどでも……」
「この体になっちゃうと、先輩の事を思うだけで体が火照って仕方ないんです……先輩、よかったら僕も食べてください……先輩になら、もうメチャクチャにされたって……」
うわ、このバカ。なんでそう言う事をこの場で言うのよ!
―――あんな子、この学園にいたか?
―――まさか余所の女子!? ゆ、ゆるせねェ…そこまで、そこまで手を出してるのか…!
―――バカ、あれは二年の工藤だ。……お、俺も女になりたくなってきた……
「……弘二、ゴメン。あんたのチョコは返す」
「そんな! あ、もしかして僕が女の子になっちゃったからですか? そんなにボクのおチ○チンが大好きだったんですね!?」
「そー言う事を大声で言うから、あんたのチョコは受け取れ無いって言ってるの!」
「ぼ、僕、すぐに男に戻ってきます! そしたら今日だけじゃなくて、毎日でも先輩にタップリ誤報しさせていただきますから、だから、僕を捨てないでください、相原先輩!」
「あんたは分かって言ってるでしょ!?」
「先輩がお望みなら……あの、これ、首輪とリードです」
「―――は?」
「いきなりこれを渡したら先輩に嫌われるかと思ったんですけど……僕を先輩のペットに――」
「返すわ、こんなもん!」
―――けどまあこういうやり取りですら、もてない男たちにはうらやましかったのだろう。教室内、そして廊下にまで集まった学ラン男子たちが発する嫉妬オーラは極限にまで膨れ上がっていた。
「―――このまま返すわけにゃあいかねーなぁ。そうだろう、みんな!」
正門前を塞いだ黒一色の男子たちは、先頭に立った大介の言葉に「応っ!」と答えた。
それもまあ、仕方ないだろう。帰宅しようと下駄箱に行ったら、段ボール箱にチョコがタップリと入っていたのだから。―――最近の年下の子ってなに考えてるのか分からない……あたしは宝ジェ○ヌでも無いんですけど……
その分、あたしの靴の中には画鋲がぎっしりと詰め込まれていた。こちらは誰がやったかは一目瞭然。目の前の奴等だ。―――けど、そのことで責める気は無い。
「畜生! 女になっただけでモテモテになりやがって!」
「お前なんかにモテない君の気持ちが分かってたまるかァ! どいつもこいつもラブコメしやがってェ!」
「今日はこれから家に帰って掲示板荒らししてやる、バレンタインなんか消えちまえってなァ!!!」
「そのダンボールのチョコを全部置いていけェ!!!」
「そうだそうだ、一人じゃ食いきれないんだから俺たちにも愛を分けてくれよォ! ぎぶみーちょこれぇとぉぉぉ!!!」
「泣くな、泣いたら負けだ。見ろ、あの相原の勝ち誇った顔を。あの顔に○○○を擦りつけた気になるんだ!」
………こいつら、もう身も蓋も無いぐらいに狂ってる……
「と言うわけでだ、俺たちもたくやちゃんには手荒な事をしたくない。なにしろ二年前までは俺たちの側に立ってたわけだしな」
「うるさい、ほっとけ」
「ここはおとなしく、俺たち全員にチョコをくれるって言うんなら門を通してやってもいい。なに、本命だなんていわないさ、義理でもいいから受けとてやるぜ、俺たちは♪」
「やだ」
あたしの答えは非常にシンプルな一言。だが学ランの男子たちの反応は、
「「「「「「んなあぁぁぁにィィィいいいいいい!!!」」」」」」
―――と、非常にうるさかった。
「あったり前でしょうが。確かにこのチョコくれた子一人一人とお付き合いできるわけじゃないけど、思いを込めて贈られたチョコを、あんたらのように正門負債で全校生徒の迷惑になる行為を平然とやってるヤツに上げるわけ無いでしょ!」
「くっ……正論だ。だが、俺たちはそれでも宿敵たるたくやちゃんに一矢報いなければ、先に進めないんだ!」
「一矢じゃねぇ、一発でもいいんだよ、俺たちはぁぁぁ!」
「イヤだ、彼女もいないまま卒業なんてイヤだぁぁぁ!!!」
「せめて脱童貞、いや、学生生活最後の思い出にチョコレートのほろ苦い甘さを味わいたかっただけなんだぁぁぁ!!!」
「だからチョコくれぇぇぇ!!!」
地面に顔をうずめて泣きながら手を伸ばす大介の手を踏みつけ、
「やだ♪」
笑顔でそう言ってやった。
こうなったらあたしも意地でもこいつ等にチョコやらない。今日一日、あたしがどれだけ息苦しい時間を過ごした事か、おかげで本当なら天にも登るような幸福感を味わえたはずのチョコレートを心から堪能できなかったんだから。
こんなに悔しいことは無い!
「そうか……ならば交渉決裂だ! 実力を持ってそのチョコすべてを奪いつくし、あまつさえ押し倒してスケベな悪戯をしまくってくれる!」
「最初からそのつもりだったんでしょうが、この変態ども。カップルの敵!」
係わり合いになるまいと遠巻きに見ている生徒の中に、あたしの言葉を聞いて頷く人多数。
「うるせェうるせェうるせェ!!! ええい畜生めクソカップルどもめぇぇぇ……どうせこれからどっちかの家に行って、いけない事するに決まってんだ! お父さんは許しません、てなわけで今より実力行使で全校生徒からチョコを略奪だぁぁぁあああ!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」
拳を突き上げ宣言する学ラン姿の男子たちを前に、あたしはチョコ満載のダンボールを抱えて身構える。―――そこへ、
「たくや〜〜〜」
と、あたしの名前を呼びながら明日香が駆け寄ってきた。
「どこ行ってたのよ、探したじゃない。―――はい、これ、私から」
そう言って、かわいいラッピングのされた袋を差し出した。
「………こういうのって、一番最初か最後の方が印象に残るのよ。朝は…その…私も悪かったと思ってるし。だからって訳じゃないけど……」
「明日香……」
ううう……あたしはなんてバカなんだ。明日香もちゃんとチョコを用意してくれてたじゃないか。お互いの事をよく知っている幼馴染で恋人の明日香を疑うなんて……ああ、あたしはなんてバカなんだ。
けど両手は今ダンボールで塞がれている。もしこのチョコを無造作に受け取ろうものなら本当に破局しかねない。ここは一旦荷物を置いてでも―――
「「「「「「そのチョコ貰ったぁぁぁああああああッ!!!」」」」」」
あたしと明日香の間にモテない男たちが割り込み雪崩れ込む。そして明日香の手から袋を奪い去ると、そのまま全員一丸となって走り去ってしまう。
「ふはははは、学園のアイドル片桐明日香の本命チョコ、ゲ〜〜〜ッチュ!」
「おお、オレ等は運がいいぞ。全員で分けれるようなブロックチョコだ!」
「あまりはオレに、オレにィいいい!」
「チョコヲクレー! チョコヲクレー!」
あああああ……明日香のチョコが…明日香のチョコがぁぁぁ……
校庭中を走り回ってチョコを分配している男子たちを見ながらなみだ目になっていると、クイクイとブレザーの袖が引っ張られる。
「何してるの、校門も開放されたんだから長居は無用。さっさと帰るわよ」
「で、でも、明日香、チョコが、あんな奴等に……」
「ああ、あれ? あれは―――」
明日香が何かを口にしようとした途端、バカ集団から突然悲鳴が迸った。
「「「「「「ンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」」」
「―――あれ、ハバネロ入り激辛チョコ。別れた相手に贈ろうとしたけど急に復縁しちゃって、もういらないって言うから私が貰ったの」
バスに駆け乗って一息つくと、明日香は楽しそうな笑顔を浮かべてそう言った。
「……んじゃなんですか? あれ、あたしに渡そうとしたってことは……」
「朝の事はもう気にして無いよ。うん、全然」
うわぁ…顔は笑顔だけど目が笑ってないから、めっさ恐い……それに「朝の事」と言ってるんじゃ、あたしがチョコをいっぱい貰った事に関してはハラワタ煮えくり返ってるってとこですか……
「まあ、結局あいつ等を撃退できたんだからいいじゃない。一週間ぐらい口の中に辛さが残るって話だから、大介達もこれに懲りて悪さはしなくなるでしょうね」
「ははは……」
それを知って渡そうとした所に明日香の恐ろしさを感じる……でも、あのタイミングで明日香が現れてくれなければ、あたしが抱えているチョコレートの山をあいつ等に食べられていたわけか……喜ぶべきかどうかが難しいな。
「―――でも、これで分かったでしょう? バレンタインがどれだけ大変な日かって」
「うっ……そりゃもう」
「私がチョコを渡さないって言った理由も?」
「はい……あたしが浅はかでした」
「よろしい。十分に反省したようだから、はい、私からプレゼント」
トン、とチョコの山の上に明日香は通学の時にカバンから落とした包み紙を置いた。
「チョコ以外のプレゼントも用意してないとは言わなかったでしょう」
「明日香……ねえ、あけてもいい?」
「家に帰ってからの方がいいと思うけど……」
「ううん、すぐにあけたいの♪」
チョコの入ったダンボールを開いた座席に置き、明日香からのプレゼントを開ける。見掛けよりも重くて固い中身にワクワクしながら開封。そして中身を取り出し……絶句した。
「さ…参考書……?」
「たくや、最近あまり勉強して無いでしょ? 同じ大学受けるんだから片方だけが浪人にならないようにって、私からの愛のこもったプレゼントよ♪」
「ハ…ハハ…ハハハハハ……」
「でも、これからが大変よね。演劇部の手伝いするって約束してたし、一ヵ月後にホワイトデーだし」
ほ…ホワイ(なんですか)!?
「お返しをお菓子でしようとしてたら、いくら掛かるんだろうね。研究費に取られて手持ちはあんまり無いんでしょ?」
「う…あうぅぅぅ……」
「もちろん、相手の想いにどう答えるかが一番大事よ。女の子の勇気を振り絞った告白の意味を理解できたって、さっき言ったばかりなんだから、きちんとした対応を取りなさい。誠意を込めてね」
「はい……」
そうだった……貰えば貰っただけ、お返しも高くつくのが日本のバレンタインシステムだった。去年もしてなかったからすっかり忘れて………あ。
明日香が今日はやけにあたしに厳しいのか、その理由になんとなく気づいてしまう。去年は初チョコで舞い上がっていて、その後の事はもう頭から抜け落ちてしまっていて……
参考書を握り締め、接着剤を流し込まれたように固まった首関節を軋ませながら明日香へ顔を向けると、極上の笑みで微笑み返されてしまう。……その顔は「今ごろ気付いたの?」と言っている様に見えた。
―――「もし忘れたら、来年も無いからね?」
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