第四話
「うーん・・・」
お風呂の用意をしてやってきたはいいが、入り口の前に立つと私はうなってしまった。
男湯、女湯とそれぞれ書いてはあるが、どう見てももともと一つの大きな入り口を、真ん中に扉を置いて区切っただけのように見える。
その様子に何となく不穏なものを感じながら女湯の引き戸を開けて中に入っていくと、すぐそこが10畳ほどの脱衣所になっていた。
だが、どうやらここも大きな部屋を棚で男女別に半分に区切っただけで、もとは一つの部屋だったようだ。
海から上がった漁師たちのための施設を改装したという村役さんの言葉が思い出される。
「改装ねぇ・・・」
私はあきれた声を出した。
男女の仕切りになっている棚の高さは私の身長ぐらい、はっきり言って低くて頼りない。
そのうえ入り口近くはその棚が切れていて、代わりにお店の暖簾みたいな布が垂れ下がっているだけだ。
不安を押さえきれずにその暖簾をちょっと押してみる・・・
(あらら・・・)
ほぼ同じ作りの男性用脱衣室の棚が見えた。通る気になればいつでも行き来できる作りだ。
(上からのぞけたりしないかな?)
ぐらつく棚に気を遣いながら脚をかけて顔を上に出すと、向こうの壁の大きな鏡に反射して男性の脱衣所が丸見えになっている。
「ちょっと・・・マジですか・・・?」
品がない言葉が口をついてしまった。
こちら側にもある大きな鏡を振り向くと、棚によじ登っている自分の背中が大きく映し出されていた。
私の身長は160センチだから、あと20センチもあればきっとこの仕切りに意味はないだろう。
一番高い曽根先生の身長は・・・170ちょっとというところか。ちょっと背伸びでもしたらあるいは・・・と考えて、その想像が相手に失礼だと思い直す。
(かりにも先生なんだから)
かりにもというのがそもそも失礼な話だなと思ったところで、私は彼に関する思考を止めて浴室の方を調べることにした。
ひょっとして・・・おそるおそる浴室のガラス戸を開けた私は、その予想が的中しているのを見てむしろ笑ってしまった。
村役が自慢していたとおり、浴槽は確かに大きい。子供たち全員が入ってもまだ余裕があるだろう。
でも本当はもっと大きかったようだ。木の板を何枚か縦にはめ込むようにして湯船の中が区切られている。
その真上に張られた鉄のレールから、よしずよりも少しマシという感じの素材で出来たカーテン状の間仕切りが男女の浴室の目隠しとなっていた。
「ふぅぅ・・・ひどいなぁ」
手を伸ばして板とよしずを確かめながら、私は大きなため息をついた。どうにか隙間はないが、隙間をつくろうとすれば簡単につくれそうだ。
要するにこのお風呂場はもともと一つの大浴場だったものを、後から無理矢理男女別に分けた物なのだった。
簡単すぎる仕切りは、おそらくは全て取り外せば元の大浴槽に戻せるという機能を残したかったのだろう。
(さっき入っていたあの子たちは大丈夫だったのかしら?あの志保ちゃんやアツシ君たちがいて・・・これでイタズラしないわけないなぁ)
阿鼻叫喚の地獄絵図を想像するとおもわず笑いもでるが、目の前の状況は結構深刻だった。
これじゃあ子供だって恥ずかしかったろうけど、大人の私はなおさらじゃない?
「他にお風呂はないしなぁ・・・」
せっかく沸かし直してくれたという湯船からあがる湯気を逃れ、脱衣所に戻った私は、そおっと廊下に出て宴会の様子をうかがった。
耳を澄ますまでもなく、教頭先生の大きな笑い声が聞こえてくる。
今のうちに急いで入ろうと心に決めて、出来るだけ死角になりそうな棚を選んで道具を置いたが、どうにも鏡の角度が悪い。
しかたなく鏡に背中を映したまま急いで髪を縛る。
ジャージをおろし、それから間髪入れずにショーツもおろした。これでお尻丸出しだ。
(なんか行儀悪いなあ)
誰かが来るのを警戒して変則的な脱ぎ方になってしまった。
念のためそのまま物音を確認したあと、ブラとTシャツと一緒に脱ぎすてて裸になり、すぐにタオルで身体の前を隠した。
(よし・・・)
行きかけて、やっぱり思い直して、脱いだ服をたたみながら振り向くと、鏡に裸の背中とお尻が映っている。
「きゃぁ〜」
照れ隠しに意味不明な声を出しながら、たたんだ下着をジャージの下に大急ぎで隠した。
シャンプーたちを持って浴室へ行き、どきどきしながらタオルをはずして一番手前の水道の前に荷物と一緒に置く。
とにかく一番問題なのは髪を洗う事だ。そう考えた私はせっかくの湯船を少し使っただけですぐに髪を洗い始めた。
この状態がかなり無防備だというのはすぐに分かった。丸裸なのももちろんだが、目を閉じて、耳もよく聞こえない今、誰か入ってきても気が付かないかもしれない。
私は大急ぎでシャンプーを終え、トリートメントをつけ、手桶を使ってそれを流した。
「・・・・・・」
視界が回復するとすぐに、周囲の異変を注意深く探ったが、どうやら誰も入ってきた様子はない。
「ふぅー」
一仕事終えた私は、ようやく落ち着いて顔と身体を洗っていく。
最大の危険が無事に去った安心感だろうか、誰もいない大浴場を独り占めにしていた私は、次第に「意外と悪くない」と思い始めていた。
いつのまにか大胆に伸ばした脚までを洗い終えたら、今度こそゆっくりと湯船にはいることにしよう。
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