第2話
「やっぱりはずかしいですね」
「うん、なんかねぇ…」
絵美も緊張したのか、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。由美子以外の三人はさっき入ったばっかりだからまだまだ時間がある。
「シャワーでも浴びましょうか?」
手持ちぶさたなのが悪いのかもしれない、そう思った絵美は壁に備え付けられたシャワーを浴びた。遅れて瞳も隣に来たが、緊張感は二人を無口にとらえたままだった。
「恥ずかしいですねぇ」
シャワーを浴びたまま瞳がまたそう言った。
「一緒にだから大丈夫よ・・・たぶん」
絵美は自分を力づけるように笑ったが、瞳のほうは真剣だった。
「お願いしますよ、本当に置いてかないでくださいね」
「はいはい、私こそお願いよ、私が最後なんだから」
「もちろん、約束です」
二人はシャワーの水を止め、台座へと向かう、
絵美が水着のボトムを直そうとした、そのとき・・・
「あれ、須藤さん?まだ終わってなかったんですか?」
入り口の側から男の声が聞こえた。
「えっ!?」
二人があわてて振り向くと、そこにはメガネをかけたちょっと太めの島本君がつっ立っている。
(きゃっ!)
絵美と瞳は反射的に後ろにとびのいて台座にぶつかりそうになり、あわててそれに座った。
「え?あれっ?」
「どうしたん?ええっ!?」
バタバタと後ろからやってきたのはそのグループの残りの二人、浅野君と松山君だ。
「あ、あの・・・?」
「・・・?!」
何が起こっているのか分からず、5人はそれぞれの位置に固まってしまった。
そこへ後ろから
「ノープロブレム、ゴウゴウ」
そう言いながら入ってきたのは白衣姿のオジサンだ、白衣がはち切れそうだったおばちゃんの代わりに、彼の白衣からは腕と言わずスネと言わず体毛が飛び出している。
オジサンは呆然としている5人を無理矢理台座に座らせると、そこで待っていろといって横の小部屋へ消えていった。
あとには水着姿の男女が5人、だいぶ狭くなった台座の上にとり残された。
「あの?どういうこと?」
やっとの思いで絵美が訪ねた。同じツアーの島本組とは口をきく程度の間柄だ。
「いや、ちょっと様子見て待ってたんすけど、さっきの兄ちゃんが時間だから早くはいれっていって・・・」
「だからもう、女性時間はとっくに終わったのかなって思ったんすよ」
そういいながら、島本君たちはめざとくガラス仕切りの向こうの光景に視線を走らせた。ガラスの向こうには裸の背中をごしごしとこすられている由美子の影がぼんやりと見える。
「あ、でもまだ終わってないんだけど・・・悪いんだけど、待っててもらえないかな?」
絵美は親友の裸を守ろうと必死だ。
「はぁ・・・」
「でも、もうどんどん来ちゃいますよ?」
ずるがしこそうな松山君がそう言うと、絵美の身体をなめるように眺めた。
「あ、でもね、まだ結構かかりそうなの、ごめんなさいね」
絵美はさりげなく身体を隠した。
瞳は隣で身体を丸くして小さくなっている、極度の警戒ぶりが島本たちの機嫌を損ねそうだったが、絵美にはその気持ちも、理由もよく分かった。
(マズイよね・・・)
昼間温泉プールで泳いだときは遠慮して誰も近寄ってこなかったからよかったが、あまり近くで見られると今日の水着はマズイ。デザインもアレだが、生地がかなり薄手で、ブラのカップはおろか、裏地も申し訳程度に付いているだけだ。間が悪いことにシャワーを浴びて濡らした直後のため、絵美も瞳も乳首の形がうっすらと浮き出てしまっていた。
(どうしよう・・・)
会話をしながらも男たちの視線は遠慮無く二人の肢体の上を這いずり回っている。
太ももを、ほんの小さな布きれが隠しているだけの股間を、ヒップを、おなかを、胸の谷間を通り、腕で隠しきれないその柔らかそうな膨らみを・・・
(やめてよ・・・)
水着を透視する能力があるのではないかと不安にさえなる。絵美は自分の身体が彼らの欲望の視線に陵辱されているのを感じた。
(イヤぁ)
サウナの熱とは違う火照りが二人の顔を真っ赤に染めた。粘着質の不気味な生き物に肌の上を蹂躙されているような不快感がひろがり、胸を覆う手に力が入る。
女だけだし、どうせ脱ぐのだからとガードも甘かった。
アンダーショーツを省略した瞳の股間にはヘアの陰がはっきり浮かんでいるし、ポチリと突き出した乳首の色まで透けて見えている気さえする。
絵美の結び目も昼間よりだいぶいい加減で、気をつけないと簡単にボトムがずり落ちる、超ローライズのため、すぐにヘアやお尻の割れ目がのぞきそうで気が気ではない。
3匹の気味の悪い生き物は、今にも水着の隙間から彼女たちの秘所へと入り込まんと虎視眈々とねらっている。
「あとどれくらいかかりますかね?」
気弱な島本君がそう言ったが、視線は絵美の胸と顔をいったりきたりしている。
「だいたい1人20分ぐらいだから・・・まだ30分ぐらいかかっちゃうかな」
懇願するような絵美の言葉に、3人の男はどうしようかと顔を見合わせた。
「ふうん・・・じゃあ須藤さんたちもまだなんだねぇ?」
からみつくような松山の言葉になにか悪い予感を覚え、まずいことを言ったかなと絵美は思った。
「え?うん・・・でも、多分もうすぐだから、前の二人がもうそろそろ終わるはずだし・・・」
そう言ってチラリとガラス窓の方を見ると、奥の方に水着を着ようとする女性の裸体が見えた。
(あ、いけない!)
男たちの視線を中からそらすように片手で出口の方を差すと、絵美はもう一度「だからちょっと待ってて」と言った。
島本と浅野は仕方なさそうに出口の方を振り向いた。
(やれやれ・・・)
ほっとしたのもつかの間、その二人の間から視線が真っ直ぐに絵美の胸に向いているの気がついた。松山だ。
(あっ!)
絵美はあわてて自分の胸を見下ろした。乳房をかろうじて隠している水色の水着の上に、ポチッポチッと二つの小さな突起ががはっきりと見えた。できるだけ平静を装って腕を胸元に戻したが、それよりも早く3人の遠慮のない視線がそこに集中していた。
(見られたっ!)
心臓の鼓動が早くなり、顔が赤くなった。ガードの堅いファッションで知られる絵美のこんな無防備の姿は彼氏以外に見せることはまずない。その彼氏も、絵美のすべてを知っているのは1人だけなのだ、なのに・・・
「じゃあ、終わったら呼びにいくね」
不自然に視線を散らばらせる島本たちに、絵美は泣きそうな声で言った。
さすがの松山もここが潮時と思ったのか、今度は3人とも腰を上げ、
「はーい」
と、子供みたいな声を上げて外に向かう。
(・・・はぁ)
犠牲は大きかったが、とりあえずの危機は去ったようだ。絵美は胸元に注意したまま3人に手を振ると、精一杯の作り笑顔を浮かべようとした。
「あれ!なんで兄ちゃんがいるん!?」
後ろで大きな声がして、体格のいい関口さんのおばちゃんがドスドスとこっちにむかってきた。
「あ、時間だから入れっていわれて・・・」
島本が言い訳するように答えた。
「なによそれ?」
関口さんは納得いかなそうだ。
「あ、本当は女性は9時までみたいだから、係の人がそうしろって言ったみたいです」
別に弁護する必要もなかったが、絵美はとりあえずこの場を早くおさめたかった。
「あら、そうなの?いい加減ねえ」
関口さんはそういってちょっと後ろを振り返った。
「ほんとに・・・」
みんなで口をそろえて言ったが、誰も笑わなかった。
「ならいいけど、兄ちゃんたち、のぞいちゃだめよ」
関口さんはドスドスと外へ出て行った。
「あ、じゃあ僕らも」
「だね」
「ああ」
島本たちが再び出口へ向かおうとしたが、それよりも早く今度は違う白衣のオジサンが入ってきた。
「えっ?」
オジサンは3人を制すると、ここで待ってろと手で合図した。
(なんでよっ?)
「ネクストプリーズ」
そうこうしていると今度は後ろで声がかかる、半開きのガラス戸では白衣のおばさんがこちらに手招きしていた。
「あ・・・ジャストモーメントプリーズ」
絵美はあわててそう言って瞳と視線を交わしたが、お互いに混乱してどうしていいか分からなかった。
「ネクスト?」
白衣のオジサンはそう言うと絵美の方を見た。
「あ・・・ノー」
おばちゃんは(早くしてよ、もう終わりなんだから)というプレッシャーをこちらにむけ、ドアを半開きにしたままで待っている。
絵美は瞳の方を見た。どうやらどちらかが中に行くしかないが、瞳を残していくよりは絵美が残って交渉を続けた方がよさそうだった。
「はい・・・」
瞳もそれを感じたのだろう、力なく返事をすると身体を隠したままガラス戸へ向かった。ヒップには裏地がないため、彼女のお尻の形がくっきりと分かる。
(おおお!)
(いい・・・)
(こりゃまた・・・)
島本たちは遠慮無い視線を瞳に向けていた。張り付いた白い生地越しに肌色のヒップが透けて見えている。
(もう!)
絵美はそれを見てあきれたが、彼らは気にとめる様子もない。
「・・・」
ガラス戸をくぐるとき、瞳が首だけを回してこっちを見た。絵美は(大丈夫)と口で形を作って見送った。
ガラス戸が閉じられ、部屋の中には女性は絵美1人になった。
(ほんとに大丈夫なの!?)
絵美は男たちに向き直ったが、正直どうすればいいのか分からなかった。
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